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 2004年1月20日(火曜日)


今日も晩飯はカレーだ。

一昨日の夕食から今日の夕食まで、俺はひたすらカレーを食べている。

俺の場合カレーは好物の一つなので、一週間くらいなら毎日食べ続けても苦にならない。
だから俺は今日もカレーを食べるのだ!

まあ「食べるのだ!」などと声を大にして叫ぶ程重要な事ではないのだが。

それはさておいて、このように大量に作ったカレーを数日間掛けて食べているときに俺は毎回思うのだが‥‥

一昨日より昨日、昨日より今日のカレーの方が熟成が進んで美味しくなっていっているような気がする。
というよりも‥‥確実に美味い。

さっき食べた「3日モノ」のヴィンテージと呼んでもいいくらい熟成されたカレーなどは、とろみといいまろやかさといい絶品である。
とてもスーパーの安売りで買ってきたインスタントカレールウで作ったカレーとは思えない美味しさだ。

だったら‥‥

カレーを作ったら2〜3日放置して熟成させてから食べれば、この美味しいカレーをもっと食べる事が出来るのではないだろうか?

しかしちょっと待てよ。
カレーって「あぁカレーが食いたい!」とほぼ衝動的に思って作る物だろう?

それで作り始めてから2〜3日もの長い時間、目の前にある今すぐにでも食べることが出来るカレーを果たして食べずに我慢できるだろうか。

しかも煮込んでいる最中に漂う、あの「カレーの香り」が部屋中に充満している中で‥‥
カレーを食べたくて仕方なくなってカレーを作ったにも関わらず、熟成を待つ間この匂いの誘惑に負けずに我慢できるだろうか。

性格的に忍耐力が著しく欠如していると思われる俺にとって、このカレーの匂いが漂う部屋でカレーを食べることが出来ずに我慢することは‥‥
「100%不可能」に近い。

食べたくても食べることが出来ずに我慢している時間を俺にとっては拷問に等しく‥‥

寝ても覚めてもカレーの夢ばかり見てしまいそうである。
これでは無意味にフラストレーションばかりが蓄積されてしまい精神衛生上よろしくない。

と言うわけでこの案は却下だな。

じゃあどうすればいい?

そうだ!
家にある鍋の中で一番大きな鍋一杯になるくらい大量にカレーを作ってしまえば‥‥

これだと食べ尽くすのに1週間くらいかかる量のカレーが出来そうなので、最初の1〜2日間は「普通のカレー」を食べて、その後熟成されてくれば残りの5日間くらいは「美味しいカレー」を食べることが出来るのではないだろうか?

でも、1週間毎日カレーを食べて食べ続けたら、いくら美味しいカレーでも飽きてしまって「カレー嫌い」になるかもしくは‥‥

ある日突然「印度人」になってしまうかもしれないな。

う〜む、これも何だか微妙だ。

それにしても‥‥
最近の日刊マウスパンチョは「カレーネタ」が多いような気がするな。

もしかして‥‥
俺の「印度人化」はもう始まっているのではないだろうか?

それでもカレーはやめられない。



 2004年1月19日(月曜日)


さすが一年で一番寒くなる季節だ。
その例に漏れず今日も寒い。

これも「美しい日本の四季」のうちの一つの風情と解釈すれば、それはそれで悪くはない。

だが‥‥
いくら風情を楽しむといっても程度というモノがある。
毎日の通勤手段が自転車である俺にとって、行き過ぎた気候の変動というのはその風情を楽しむどころか辛いだけだ。

今日のように帰宅時間が夜も9時を回ると、自転車で通勤している俺にとってその帰宅の途は極寒地獄と化してしまう。

と、これはさすがに言い過ぎだが‥‥

いくら自転車を一生懸命こいだところで、顔面に当たる北西の冷たい向かい風が痛いだけで、体は全然温まらない。
そのような困難な道程を経て帰宅したときには、俺の体はすっかり冷え切ってしまっていて‥‥
どうにも震えが止まらない。

まあもっと着るものを増やして厚着をすればいいのだろうが、どうにも俺はこの厚着というものが苦手で、上着を含めて3枚以上の服を重ね着すると動きにくくなって気持ちが悪い。
従って俺はいつも「Tシャツ・セーター・ジャンパー」といった「カジュアル衣料の黄金トリオ」のみを身に纏い、この寒空の下を自転車で通勤しているという訳だ。

これでは真冬のこの時期は寒いに決まっている。
それは重々承知しているのだけれども‥‥
やっぱりこれ以上の厚着はしたくない。

そんな訳で今日のような寒い日は、会社から自宅へと帰宅した時俺の体はすっかり冷え切ってしまっているのである。

で、俺が帰宅してやることと言えばもちろん「体を温める」こと。
体を温めるといっても「風呂に入る」とか「熱いお湯で割った酒を飲む」とか方法は多種多様に及ぶが、俺の場合は酒でも風呂でもなく‥‥

「筋トレ」である。

本当は帰宅して「まずは一杯」と行きたいところなのだが、俺の思考に反して体というか筋肉がそれを欲していない。
俺の脳は「寒いことだし早く酒を飲みたいな」と思っているのだが、俺の体というか筋肉は「寒いんだからもっと運動させろ!」とトレーニングを強要するのである。

そして、このように「脳と筋肉が別の欲求」を俺に訴えた場合、俺の心は筋肉の要求に屈してしまうらしく、後者のほうを選択してしまうのである。

で、さっきまで自転車を全速力でこいで帰宅したにもかかわらず俺は‥‥
12Kgのダンベルを上げて、筋肉の要求を実行してしまうのだ。

まあこれも、体を鍛えて「抵抗力」を付ければ風邪も引きにくくなるだろうから悪いことではないのだが。

しかし‥‥
何事も加減をわきまえなければならない。

ちなみに今日の俺は昨日海で散々走り回ったため、体の至る所が筋肉痛で‥‥
しかもスキムボードに出掛けた次の日は体脂肪率が7%台まで減少していて、この状態で筋トレを繰り返すと抵抗力どころか逆に疲労で弱ってしまって「抵抗できない体」になってしまう危険性も否めない。

筋トレをやることはいいことなのだろうが、これでは逆効果のような気がするのだけれど‥‥

こんなことをやっていて、俺の体は果たして大丈夫なのだろうか?



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 2004年1月18日(日曜日)


ゲリラ的に襲ってくる「寒波」の間隙をつき、今日も海でスキムボード。

昨日は温泉今日は海、それにしても‥‥
俺は本当に水際が好きなんだなと自分の事ながら感心する。

もしかして俺の前世は水棲生物だったのではないだろうか?

それはいいとして。

今日、海でスキムボードを楽しんで、足が攣りかけるまで楽しんで、ウェットスーツのズレで首や膝の裏がヒリヒリと痛むまで楽しんで、体力というかカロリーを燃やし尽くして寒くて震えが止まらなくなるまで楽しんで‥‥

海から上がって着替えにはいって俺はふと気が付いた。

「タオルがない‥‥!」

そう、慌てん坊の俺は体を拭くための「バスタオル」を忘れてしまっていたのである。

こっ、これでは‥‥
体が拭けないではないか。

いや、百歩譲って体が拭けないのはいいとしよう。
それよりももっと大変なことがある。

それは‥‥
着替える時に「下半身」を隠すものがないのである。

海岸線の吹きさらしの野原にある駐車場で、下半身を隠さずに着替えるのというのは‥‥
これは非常に恥ずかしい。

この海岸、俺達スキマーやサーファーだけでなく釣り人や散歩を楽しむ人達も多数訪れ、中には若い女性のグループなどもよく見受けられる。

もしここで俺がいわゆる「フリチン」で堂々と着替えている時に、若い女の子が乗った車でもやって来ようものなら‥‥
下手すれば変態扱いだ。

それで済めばいい方で、最悪ケーサツに通報されて‥‥
考えただけでも恐ろしい。

だが、このまま濡れたウェットスーツを着たままでは風邪を引いてしまう可能性がある。
どうしようかと困っているうちにだんだんと体温も低下してきているようだし‥‥
全く厄介なことになってしまった。

よぉし、こうなったら選択肢は二つに一つだ。
誰も来ないのを願いながら気合いでフリチンになって着替えるか、このまま濡れたウェットスーツで帰るかだ。

この二者択一、どちらの選択もリスクは伴う。
前者は「捕まる」危険性があり、後者は風邪を引いてしまう危険性がある。

で、しばし迷ったあげく俺は‥‥

前者を選択した。
吹きっ晒しの野原での「フリチン早着替え」を選んだのだ。

そうと決まればもたもたしてはいられない。
幸い今は車が来る気配もないし‥‥
チャンスだ!

で、慌ててウェットスーツを脱ぎ捨て、その下に履いていたサポーターパンツを脱いで俺の下半身がノーマークの丸腰状態になった瞬間‥‥

車がこちらへやって来る音がするではないか。

ヤバい。
ピンチである。

そして、下半身丸出しの俺の横を通り過ぎる車‥‥

すわっ!
見られたか!?

果たして俺の下半身の運命や如何に!?

後は敢えて語りますまい。



 2004年1月17日(土曜日)


雪に閉ざされた福岡〜佐賀の県境にある峠を、通行止めの表示もものともせずに自慢の愛車で乗り越えて‥‥

今日は山里の温泉でのんびりゆったり。

本来なら土曜日の休日は「海でスキムボードの日」なのだが、さすがに今日のような寒さだと二の足を踏んでしまい、博多弁で言うところの「イモを引いた」俺は‥‥

「この様な寒い日に海などへ行けば、寒さで凍え死にする事確実」と勝手に解釈して、午前中の時点で海へ行くことを中止。

これにはちょっとした「言い訳じみた理由」があって、今週月曜日成人の日の休日に海へ出掛け2時間程遊んだのだが、その時寒さで手が悴んでしまい海から上がって着替えを済ませた時には左手の感覚が無くなってしまっていた。

中でも左手中指に至っては「紫色」に変色してしまっていて‥‥
1時間経っても感覚が戻らず、動かない状態。
この時はさすがの俺も若干焦った。
もしかして俺の指は「凍傷」になってしまっていてこのまま一生動かないどころか、最悪の場合「切断」しなければならないのではないだろうかと‥‥

でもこれ、帰宅して風呂に入ったらすっかり暖まって、猛烈な痺れに襲われながらも無事感覚も戻り事なきを得たのだが。

そのようなこともあり、今日の寒さでは海へ出掛ければまた同じような苦い経験を繰り返しそうでちょっと弱気になってしまって‥‥

だったら今日は何をして過ごそうかと考えると、短絡思考の俺は「寒い日=温泉」と温泉行きを即決し、午前中から車を走らせて山里の温泉へ向かったという訳である。

そして今日の俺はすっかり「自堕落モード」に突入して、誰も入っていない露天風呂で雪化粧された山の景色を楽しみながらのんびりと浸かってしっかりと暖まり、風呂から上がれば床暖房が聞いた温泉の休憩室で昼間からビールなどを飲みながら食事をして、お腹が一杯になったら暖かい畳の上で昼寝を楽しみ‥‥

昨今の慌ただしく動き回る日々の中、久し振りに「何もしない何も考えない休日」を堪能してきたのである。

今日はこの様な時間を無駄に浪費する一日を過ごしたわけだが‥‥

やっぱり人間はこの様に「無駄を承知」でリラックスするための時間も必要だということを再認識させられた様な一日であった。

それはいいとして。

俺はいつも思うのだが、今日のように温泉などへ出掛けると決まって俺は「見ず知らずの年寄り」にやたらと話しかけられるってのは‥‥
一体どういうわけなのだろうか?

やっぱり俺は「年寄りと子供と動物」にはモテるようだ。

それよりも出来ることなら「若い女性」にモテた方がいいのだが‥‥
残念ながらそれは皆無である。

ま、誰にもモテないよりはいいか。



 2004年1月16日(金曜日)


19歳と20歳の女性が芥川賞受賞か‥‥

なんだか凄いな。

芥川賞といえば、よくは分からないのだがとにかくスゴい賞なんでしょう?
よく「今回は該当者無し」などと新聞に書いてあるのを目にしたりするし。
俺がちょっとだけ知るところによれば「純文学」の文芸作品に贈られる賞であるとか‥‥
でも、純文学が俺にはどういうものなのか分からないので、やっぱり今ひとつピンと来ないのだが。

本は結構読むけれど、読む本と言えば「エロ本」‥‥
じゃなくて、読む本のほとんどが「海外のハードボイルドや冒険小説」ばかりという俺にとって純文学は敷居が高そうでどうにも敬遠してしまうので、どのような小説がこの芥川賞を受賞するのかはやっぱり分からない。

それでも、そんな該当者がいない時もあるような大きなタイトルを若い女性が受賞とは、これは大きな偉業のようで‥‥
だから今日の新聞やテレビのニュースショウでこれだけ大々的に報道されていたのだろう。

この様な報道を見聞きすると俺も「自分に文才があったらなぁ‥‥」などと思ってしまう。
俺はこう見えても文章を書くことは好きなので「それで飯を食えればいいかもなぁ」などと時々考えてみたりもするのだ。

だが。
これは到底無理な相談である。

この「日刊マウスパンチョ」をよく読んで頂いている方ならご存じだろうと思うが、俺が書く文章は行き当たりばったりで脈絡も何もない。

バロウズの小説程ではないが、今ひとつ何が言いたいのかが明確でないことが多い。
まあバロウズの場合は、あの難解さを芸術の域まで高めているので比較の対象にはならないのだけれど‥‥

俺が文章を上手く書けない理由の筆頭として、そもそも俺には「ストーリー」を組み立てる才能が欠如しているということがあげられる。
俺には話を筋道立てて組み立てることが出来ないのだ。

文章を書き始めた時は、頭の中に「話」がイメージされていてもこれが文章を書いているうちに話の流れがイメージからかけ離れて行き始め、挙げ句の果ては話の最初の出だしとは全く関係ないような終わり方をしてしまうことが多い。

しかも唐突に話が尻切れで終わってしまうという‥‥

これでは全くダメである。

しかもボキャブラリーも貧困で、使う言い回しや言葉が決まっているし‥‥
時々言葉の間違った使い方をしていて、後で読んで非常に恥ずかしい思いをしたりもする。

誤字脱字も多いし‥‥

句読点の使い方も滅茶苦茶だし‥‥

更に長編のストーリーを綴る上で致命的とも言える欠陥を俺は抱えている。

それは‥‥

話を組み立てるための「下準備」をするのが面倒臭くて嫌いなのだ。
小説家は一本の小説を書き上げるためには数年がかりで資料の収集をしたり、取材に出掛けて小説の材料集めと、自分が書く物語がウソっぽくならないように時代背景や世俗文化との整合を図ると聞くが‥‥

俺から見れば「そんな面倒なことやってられるか!」という感じである。

という訳で、俺は文章を綴るのは好きなのだがこれで飯が食えるかどうかとなれば、自分でも「絶対無理」だということは分かっている。

だからというわけではないのだが‥‥
自分に物書きのセンスがないのを解っているからこそ、俺は自分のプライヴェートスペースであるここを使って、毎日毎日犬も喰わないような駄文雑文を垂れ流しているのである。

そんな四流の文章を、少ないながらも読んでくれている人がいるということは‥‥
これは俺にとっては幸せなことなのだろう。

俺はここに目を通してくれている全ての方に感謝していますよ。

最後に。
また「芥川賞」の話に戻るのだが、ひとつだけツッ込ませて頂きたいところがある。

選考会場が「都内の料亭」ってのはどうかなと。
何だか悪い奴等が集まって、どこか焦臭い臭いがする取引が行われているのを想像してしまうのだが‥‥

いや、俺の気のせいだろう。

でも「料亭」ってのがなぁ‥‥気になるなぁ‥‥



 2004年1月15日(木曜日)


寒い。
本当にここは九州か?

ま、大雪の北海道と比べればこのくらいの寒さは「子供だまし」でしかないだろうけど‥‥
寒さに慣れていない「九州生まれで九州育ち」で、しかも最近スキムボードを始めてから体脂肪率が7〜8%と減少してしまった俺にとってこのくらいの寒さでも結構辛い。

こんな寒い日には‥‥
無性に「激辛カレー」を食べたくなる。

あっ!それで思い出した。

昨日この日記に「ころしのカレー」について途中まで書いたところで、酔っ払っていたせいか面倒臭くなって途中でやめていたんだった。

これは続きを書かなければ‥‥

と、いう訳で昨日の続き。


路上に乱立する怪しげな看板に惹かれて、俺達は興味本位で「ころしのカレー」ワールドに足を踏み込んだ。

だが、そこは一見すれば普通のカレーショップ。
しかし、何かが違う。
そう、空気が違うのだ。

この何とも表現しがたい空気を演出しているのは、やや時代錯誤的なこの店の装飾や壁に貼られたポスターなどで決してなく‥‥

他ならぬこのカレーショップのオヤジ、その人である。

この何ともいえない一種独特の雰囲気を持つ人物こそが、この「ころしのカレー」をひとつの芸術いや芸能としてまで高めているのである。

そして‥‥

俺が注文したというか勝手に決められたカレーが盛られた皿を手に、厨房の奥から遂にこの店のオヤジが出てきた!

オヤジの手から俺の目の前に置かれるカレー。
そのカレーは‥‥
何の変哲もない普通のカツカレーであった。

とんでもなくスゴいカツカレーが出てくるかと思っていただけに、少し拍子抜けである。
しかし、俺の連れの前に置かれた「マリンブルー」なるカレーを一瞥して俺は仰天した。

何と!
皿に盛られたカレーライスに「エビ」が2本突き立てられているのである。
そのそそり立ったエビの姿に、俺は一瞬あっけにとられていると‥‥
オヤジがすかさずこう言い放った。

「それ、横から食べると動き出すから。」

またしても「ころしのカレーワールド」の炸裂である。
エビフライが動き出すわけないではないか。
でも‥‥
このオヤジが言えば「もしかして動き出すかも‥‥」とちょっと心配になってしまうから不思議だ。

続いてオヤジはこう言った。
「うちのカレーは口で辛いカレーじゃなくて、胃で辛いカレーだから。」

胃で辛いカレー?
一体どんなカレーなのだ?
見た目にはどう見ても普通のカレーなのだが‥‥

まあでも、見ているだけではカレーの味は分からない。
とりあえず食べてみよう。

で、食べて分かった。
口当たりはまろやかでやや甘みがあり、辛さはそれ程感じない。
しかしその後に「胃で辛い」という感覚を、身をもって体感させられる。

食べているうちにだんだん胃が熱くなってきて、額から汗が出始めてくるのである。
気のせいかもしれないが「カレー臭い」汗が。

なる程「ころしのカレー」の辛さとはこれだったのか。
でも、これくらいで果たして「ころし」と呼べるのか‥‥?

そのようなやや煮えきれない疑問を抱きながら、俺はこの美味しいカレーを食べ終えて伝票を手にオヤジが立つレジへ向かい、支払いを済ませようと伝票をオヤジに差し出した。

それを見たオヤジは一言。
「えーっと、カツカレーとマリンブルーで‥‥千○百万円です」

「!?」
こ、このオヤジ、久し振りに見る「万円オヤジ」だ!

だが「ころしのカレーワールド」はこれだけでは終わらない。
支払いを済ませた俺達の前に差し出されたのは何と「三角くじ」が入った箱。
オヤジは俺達にこの中から一枚だけ選んでくじを引けという。

だが、このくじが何のくじなのかは分からない。
オヤジは黙ってくじを引けと言うだけである。

こうなったら、この不思議なテンションのオヤジに最後まで付き合ってやろう。
俺は何も言わずにくじを引いたところ‥‥

「あたり」を引いてしまった。

一体何が当たったのだ?
急激に不安になってきた。
で、恐る恐るオヤジに「これ、何が当たったんですか?」と聞いたところ‥‥

「あっ、当たりね。これでお兄さんは会員だ!」

会員!?

俺はこの怪しい店の会員になってしまったのか?
何だか「悪の秘密結社」に拉致されて、強制的にその組織に入れられてしまったような気がしてきた。

しかし俺も黙って会員になるわけにもいかないので「か、会員って‥‥一体なんですか?」と聞いてみたところ、オヤジ曰く‥‥

「まだ何も考えていないけど、そのうち何かいいことがあるよ。」

ちなみに俺がサインさせられた「会員証代わりの紙製のコースター」は‥‥
まだこの店のレジの横に貼ってあるようだ。

それにしても、未だに何もいい事はないのだが。
いつになったらいい事があるのだろうか?
それはまだまだ先の話なのかもしれない。

「ころしのカレー」それは‥‥
カレーが死ぬ程辛いから「ころし」だったのではなかった。

この店のオヤジの強烈なキャラで「笑い殺される」から「ころしのカレー」だったのだ。

福岡近郊へお住まいの方で興味がある方は、是非一度この店の扉の中へと踏み込んで見て下さい。

このオヤジに笑い殺されること確実です。



 2004年1月14日(水曜日)


昨日の日刊マウスパンチョで、あのカレー王国インドの実業家がもつ商魂のたくましさについて書いていて思いだしたのだが‥‥

カレーいえば俺が住む福岡市では知る人ぞ知る、ある意味商魂逞しい「恐るべきカレーショップ」がある。

福岡や佐賀に住んでいる方ならご存じの方も多いと思うが、福岡市から佐賀県へと向かう峠越えの山沿いルートで車を走らせていると、見るからに怪しげな看板が次から次へと出現する。

その看板には、つのだじろうや梅図かずおのホラーマンガを思わせるような、どことなく「おどろおどろしい文字」でこう描いてあるのだ‥‥

「ころしのカレー」

カレーで殺されるのか?
いや、それはないだろう。
だったら‥‥
死ぬ程辛いカレーなのか?

といったような想像をかき立てるには十分すぎるくらいのインパクトを持った手描きの看板が随所に見られるのである。

これだけ想像力がかき立てられれば、辛い物好きの俺としては黙ってはいられない。
特に辛いカレーは好物で、時々「日本を印度にしてしまえ!」と思ってしまうくらいである。

もう数年前の話になるのだが、この「ころしのカレー」の看板が放つ妖艶な魅力と危険な香りに引き寄せられるかのようにこのカレーを食べに行ってみたのだ。

店の屋号は「リトルインディアン」。
俺は駐車場に車を止め、連れの友人達とともに大きく深呼吸をして店の扉を開けた。
そしてその直後俺の目に飛び込んできた光景とは!?

店のテーブルで、この店のオヤジと思しき人物と老齢の女性つまり婆さんがお茶など飲みながらくつろいでいた。
それ以外は、普通のカレーショップと何ら変わりがない光景であった。

だが‥‥
この一見穏やかな光景は、この後に起こる驚くべき出来事のまえの例えて言うならば「嵐の前の静けさ」だったのだ。

とりあえず店の中が想像していた様相と反して普通だったので、ひとまず安心して俺達はテーブルについてメニューを眺めていたのだが‥‥
このあたりからこの店の怪しげな世界へと引きずり込まれることになる。

メニューは普通に「カツカレー」や「ハンバーグカレー」なども載っているのだが、それ以外に不思議な名前の料理もあり‥‥

「幌馬車定食」はまだいいとしても、噂の「ころしのカレー」に始まって「酋長のヒゲ」「マリンブルー」「女のころしのカレー」などといった怪しげなネーミングのメニューについつい目が釘付けとなってしまったのだ。

まあでも、俺の目的はこの「ころしのカレー」を食べること。
それを思い出し、またここで気持ちが引いてしまって「カツカレー」などを頼んでしまわないようにもう一度気合いを入れ直して‥‥
注文を取りに来た店のオヤジにこう言った。

「ころしのカレーってヤツを下さい」

するとオヤジ、俺をしばらく凝視して‥‥

「君はここへ来るのは初めてだったかな?」
と聞いてきた。

もちろん俺は「ええ、そうですけど‥‥」と答えたのだがその直後、オヤジの口から驚くべき言葉が飛び出した。

「じゃあ君の顔立ちだったらカツカレーの7倍ね」

えっ?
俺は確か「ころしのカレー」を頼んだはずなのだが‥‥
どうして俺がカツカレーなのだ?

「いや、ころしのカレーを頼んだんですが‥‥」

だがこのオヤジ「初心者はこれから始めなきゃ」とか何とか言いながら、俺の注文は「カツカレー」と決めつけて伝票に「カツカレー 1」と書き込んでいやがった。

そして、俺と一緒にこの店に入った連れも‥‥
「アンタは美人だからマリンブルーの3倍ね」と勝手に注文を決められていたのだ。

「えっ?ころしのカレーは‥‥」

と恐る恐る俺はオヤジに聞いてみたところ、オヤジ曰く「ころしのカレーとはこの店のカレーの総称である」ということだった。

何だよ、だったら初めからそう言えよ。
というか、じゃあメニューにある「女のころしのカレー」って何なんだ?

「マリンブルー」って一体‥‥このネーミングでカレーなのか?
あ、でもよく見ると壁に「美人カレー・マリンブルー」とこれまた怪しげな手描きのポスターが貼ってあるではないか。

一体何なんだこの店は?

と、疑問はひたすら疑問を呼び‥‥
俺達は知らず知らずのうちにこの「ころしのカレーワールド」へと引き込まれていくのであった。

そして注文のカレーが出来てくるのを緊張の面もちで待つ俺達。
果たして「ころしのカレー」とはどのようなカレーなのだろうか?

そしてカレーの皿を手に、厨房の奥から遂にオヤジが出てきた!

と、いうところで‥‥

今日は字数も増えてきたことでもあるし、この続きはまた明日。



 2004年1月13日(火曜日)


今日の朝のニュースで見た謎のブランド「NIKAI JAPAN」って何。

字面だけ見れば「NIKE」のパクリのように見えるが‥‥
どうやらスポーツ用品ではないらしい。

だったら一体何だ?
実はこれ‥‥

アフリカ・中東近辺で売られている「マレーシア製」の格安電化製品のメーカーらしい。
カタカナで書くと「ニカイ・ジャパン」と読むそうなのだが‥‥
そのネーミングの意味はよく分からない。

この怪しげなネーミングの会社、インド人の実業家が設立したそうで日本の企業とは何の関係もないそうで、ではどうしてJAPANと謳っているのかといえばそれはズバリ「ブランドイメージ戦略」だそうだ。

なるほど。

ブランド名にJAPANの文字を使用することによって、今や世界中で品質がいいと評判の「Made in Japan」の電化製品を連想させて‥‥
実際は日本と縁もゆかりもない製品であっても、高品質というイメージを持たせる事が出来るではないか。

それにしてもよく考えたなこのインド人。
日本製ではない製品を日本製と謳うのは虚偽であるが、ブランド名にJAPANと使うのは自由だ。
それを上手く利用していわゆる「ブランディング戦略」に利用するとは。

あっぱれである。
さすがカレーの王子様の国である。
印度カレーのあの辛さは、やはりただ者ではないようだ。

まあ、この話とカレーとは直接関係ないといえば関係ないのだが‥‥

でもちょっと待てよ。

よく考えてみると‥‥
これと似たようなケースを俺達日本人もよく目にしているではないか。

例えば、昔流行った「マジソン・バッグ」。
このバッグ、何の変哲もないただのスポーツバッグなのだが‥‥
どういう訳かあのプロレスの殿堂「マジソンスクエアガーデン」と思いっきり書いてある。
しかも「USA」とも銘打ってあるではないか。

これだけ見れば、あのハルク・ホーガンのようなアメリカンプロレスのスーパースター達はみんなこの「マジソン・バッグ」を愛用しているように感じてしまい‥‥
3本のロープが張り巡らされた四角いマットに夢を見る俺達プロレスファンはこのバッグが欲しくなってしまう。

何の変哲もないスポーツバッグに「マジソンスクエアガーデン USA」と書いてあるだけで、このバッグの中には沢山の夢が詰まっているように感じて‥‥

というように、実はアメリカとかUSAなどには何の関係もないのに、その名称に「USA」という文字が含まれている商品やお店の屋号はよく目にする。

これは日本に住みながらも、あの広大で裕福で強い国アメリカに夢を抱いている日本人の妄想が生みだしたイメージを上手く利用した商業戦略なのだろう。

まあ、実際のところは見てのとおりあの国も問題が山積みで‥‥
日本もアメリカも「夢」という観点から見れば五十歩百歩なのだろうが。

それよりも寧ろ‥‥
この様な力強い商魂を発揮して、第三世界で電化製品を売りさばくインドのような国の方がよっぽど「ドリーム」には溢れているのかもしれないな。

うーむ恐るべし、カレーの王子様の国。

あっ!でも‥‥

印度カレーでも何でもないインスタントのカレールウなのに「印度カレー」と銘打ってメジャーな流通経路でもうかれこれ30年ほど前から販売している「カレールウ」がある我が日本こそが、この商魂たくましい不思議の国インドを上回っているのかもしれないな。



 2004年1月12日(月曜日)


今日は成人の日という事で‥‥
俺も人並みに成人式へ出掛けてきた。

というのは‥‥
ウソである。

この様な冗談を言っている時点で、俺が「今年20歳」であるはすがないことは見え見えだ。
この様な「面白くない」もしくは「寒い」冗談を平気で言えるようになるのは30歳を過ぎてから。
つまりこれは、俗にいう「おやじギャグ」ってヤツである。

恐らく明日は、日本中のあらゆる会社でこのような「昨日は成人式でさぁ‥‥」で始まる「笑えない冗談」で寒波到来の日本列島はますます冷え切ってしまうことであろう。

あまりの寒さに風邪など引かないように極力注意しておきたいものである。

と、世間様では昨日今日と成人式が執り行われていたようだが、成人式を迎える歳から数えるともうそろそろ「ダブルスコア」を記録しそうな俺にはもちろん成人しかだろうが何だろうが全く関係のないことで‥‥

だから今日も海へ出掛けてスキムボードを楽しんできた。

その道すがら福岡市西区にあるコンビニへ立ち寄って飲み物を調達していると、これまでこのあたりでは見かけることがなかった鳥を発見した。

その鳥の名は「カササギ」。

このカササギは別名「カチガラス」と呼ばれる白と黒のツートンカラーが美しい鳥で、日本では佐賀県の平野部にしか生息していないと思っていた。
聞くところによれば、遙か昔あの豊臣秀吉が朝鮮へ出兵した際、やたらと「カチカチ」鳴くこの鳥を「カチ=勝ち」ともじって、戦に勝つためには縁起がいい鳥として朝鮮半島から連れて帰ってきたものが佐賀県内で繁殖しているのだという。

この話、俺の親父が昔言っていたので本当かどうかは分からないのだが。

このカササギが、以前は生息していなかった(と思われる)「福岡県福岡市」で見る事が出来るとは思わなかった。

それにしても、これは一体どういう事なのだろうか。
もしかして‥‥

佐賀が福岡を知らず知らずのうちに「侵略」しようとしているのだろうか?
その第一段階として、佐賀県内にしか生息しない鳥であるこのカササギを送り込んで‥‥

いや、ないな。
絶対ない。

この様な疑念を抱きつつ、それでいてカササギ発見の興奮も醒めやらぬまま、スキムボードを楽しむために海へ向かった俺を待っていたものは‥‥

カリフォルニアはラグナビーチ級の大波。
この海岸では初めて見るビッグスウェルである。

その大波にやや逃げ腰気味ではあれ、それでも俺は果敢に挑んではみたのだが‥‥

今日はマジで死ぬかと思いました。
転倒してボードから落ちた直後、背中をボードが直撃したし。
ウェットスーツを着てて良かった。

あぁ本当に今日は‥‥
五体満足無事で良かった。



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 2004年1月11日(日曜日)


それにしても‥‥
どうして人混みはこれ程までに俺を疲れさせるんだ?

最近の俺は繁華街へ出る機会がめっきり減ってしまったせいか、たまに街を彷徨くと人に酔ってしまって激しい疲労感に苛まされてしまう。

今日は久し振りに福岡一の繁華街「天神」へ出掛けてきたのだが、三連休の中日のせいなのだろうか、あまりの人の多さに驚いた。

ちなみに俺が住んでいるところは、この天神へは自転車で15分から20分もあれば行けるところなのだが‥‥
それでも最近の俺は、滅多なことでは街へ出ない。
「人の波」に飲まれそうな街へ出て遊ぶよりも、綺麗な海岸がある郊外へ出掛けて「本物の波」に飲まれる方が気分的にもリラックス出来るし、何よりも楽しいのである。

しかし今日は、どうしても見たいイベントというか催し物があったので渋々街へと出掛けたのだが。
そのイベントとは「誰でもピカソ展」である。

「なぁんだ、くだらない‥‥」などというツッ込みはこの際ナシにして頂きたい。
普段は芸術といったものに関して比較的疎い俺が、珍しく興味を示して見に行ったのだからそれはそれで評価して欲しいものである。

で、その感想はといえば‥‥

入場無料というわりには「中味充実」って感じで面白かった。
これだけの面白い作品が「タダ」で見れるというのは素晴らしい。

特にアートバトラー達の作品が面白く、中でも「屑鉄」を溶接して作ってあるオブジェには心惹かれてしまった。
そのオブジェに使ってある素材として「車の部品」が多用されていたのが面白く‥‥

「これはクラッチの圧力盤だ」とか「これはエキゾーストマニュホールドだ」とか「シリンダーとピストンだ」とか「オイルフイルタだ」とか‥‥
今では溶接されて一個のオブジェとなっている物体を構成するひとつひとつのパーツを見ながら、これはスクラップになる前はどんな車の部品だったんだろうかと「この部品の在りし日の姿」に思いを馳せてしまい、スクラップになってもこの様に再生されてまた別の物に生まれ変わることが出来たこのパーツの運命を羨ましく思った。

もし俺が「使い物にならなくなってスクラップになってしまった時」、この部品達の様に再生出来るのだろうか?
それを考えると、これから先の自分の行く末をこのオブジェにオーバーラップさせて‥‥

たとえ一度はスクラップになってしまっても、それに「何かを生み出すためにインスピレーションを引き起こす魅力」さえあれば、絶対に再生出来る。
それが機械であろうが人間であろうが同じ事で‥‥
俺もそんな「魅力」を持つ人間になりたいと思った訳だ。

そんな感慨に浸りながら‥‥

次ぎに向かった先は車の展示フロア。
今ここには古いレーシングカーやラリーカーが展示してある。

中でも「スカイラインGT-R」のレーシングカーと「フェアレディ240Z」のラリーカーが俺の目を引いた。

この30年以上も前の車である「羊の皮を被った狼」と「貴婦人」も、現役の頃は驚異のポテンシャルを発揮し世界中を驚嘆の渦に巻き込んだ名車中の名車なのだが、今はもうサーキットやラリーステージを走ることもなく、ひっそりとこの展示場で余生を過ごしている。

いくら名車といえども廃棄処分に回された車の数は幾多にあまる中で、ここにある車達がこうやって生きながらえているというのも‥‥
この車達に「魅力」があったからこそであろう。

他の車にはない魅力があったからこそ、この車達は今は走ることもなくなったが「歴史を語る展示車」として再生し、ここで新しい役目を果たしているのである。

俺もこれから先「自分が最後まで価値がある人間でいるため」には‥‥
今日見てきた部品や車達のような「魅力」を身につけなければならないようだ。

う〜む、果たして俺に出来るかな?


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