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 2004年2月29日(日曜日)


雨の日曜日、海へ。

ここで毎日のように触れている「 DTP エキスパート認定試験」もいよいよ再来週の日曜日に迫り残すところあと2週間になってしまいいわゆる「ケツに火がつき始めた状態」なのだが‥‥

そんな時期なので、いくら日曜日とはいえ朝から雨が降っていれば外で遊ぶのは諦めて自宅で勉強というのが世間一般でのセオリーだろうが、俺から言わせて貰えば常識なんてクソ喰らえだ。

遊ぶ時に遊ばずして人生何が楽しい?

いくら難易度が高いと言われている専門的な知識を広い範囲で身につけなければならない試験でも、医者や弁護士の国家試験と比べれば子供の遊びみたいなもの。
いよいよ試験日が迫ってきているとはいえ日曜日を一日くらい遊びに使ったってノープロブレムというかモーマンタイだろう。

それに、休日くらいは好きなことをやって遊ばないと日々の勉強によるストレスで精神的に鬱になってしまい、そんな不安定な精神状態では受かる試験も受からなだろうし‥‥
心と体のコンディションは常に最良に保たないと、何をやるにしてもいい成績も残せないものなのだ。

これ、人一倍勉「地道に勉強をするという行為」が嫌いな俺には特にいえることで‥‥

生活にメリハリというかアクセントをつけていかないと、俺は本当に「マンネリで面白くない人生に絶望して世を捨てて野に下る」という行為へと走ってしまう可能性が大なため、休日くらいは好きなことをやって楽しまなければ自分が生きている価値観さえも見失ってしまい自分が今取り組んでいることを何もかも投げ出してしまいそうになるかもしれないのだ。

と、またしても屁理屈満載並べ立て自分の愚行を正当化させようとしているのだが、とにかくいくら忙しくとも毎週の海通いは、今の俺にとっては欠かすことが出来ない習慣なのである。

でも。

今日の海は荒れて、雨は降ったり止んだりで、おまけにオンショアの向かい風まで吹いて、それに加え俺が行った時間帯は潮の具合があまりよくなかったのか、引き気味でブレイクする波は遠く、スキムボードを楽しむためのコンディションとしてはお世辞にも良いとはいえなかったのだが‥‥

で、コンディションが悪い日のお約束で、思ったようなライディングが今日も出来なかったのだが‥‥

それでも今日はストレスを全く感じなかった。

海岸を全力でダッシュして、ドロップしたボードへ飛び乗り、波打ち際を滑走してブレイクした波で出来たスープを乗り越え、目前に立ち上がるショアブレイクに向かっていくだけで、一週間の仕事と勉強で腐りに腐った俺の体と精神が浄化されていくのを感じてそれだけでも今日は十分な収穫だった。

うん、やっぱり海はいいな。
これでまた一週間なんとか頑張れそうだよ。



 2004年2月28日(土曜日)


ようやく‥‥長い一週間が終わった。

毎日の睡眠時間が5時間以下で、週六日間フルに労働し、それに加えて受験勉強などをやっていたせいで‥‥
もう俺の精神と肉体はボロ雑巾のようにくたくただ。

こんな時こそ睡眠が必要なのだが、今の俺は枕を高くしてゆっくりと眠ることも出来なくなってしまっているようで‥‥
眠いのは非常に眠いのだが、夜中に勉強を終えて床に就き眠りに落ちるまでは早いのだが、そのままぐっすりと朝まで眠ることが出来ず確実に一度は「トイレ」で目を覚ます。

下品な表現でいうなら「小便が近い」のである。
一応は何とかこらえて朝までノンストップで眠ることを試みているのだが、抵抗の甲斐も虚しくやっぱり辛抱たまらなくなってしまい‥‥

真夜中に、半ば意識がもうろうとしたまま渋々ベッドから這い出てトイレへ向かう毎日なのである。

それでまた安らかな眠りへと戻ることが出来れば幸いなのだが‥‥
この後、更なる障害が俺の安眠生活の前に立ちはだかる。

それは何かというならば、あのクソ忌々しい試験の「コンピュータから印刷製本まで多岐に渡る問題の数々」が俺の頭の中で渦巻き始め、半分眠って半分覚醒した中途半端なテンションの俺の思考の中を駆けめぐりやがるのである。

「PostScriptからプログラム的な要素を取り払い表示中心の演算子を短縮した構造がPDFである」とか「この DTD には title 要素と publisher 要素と price 要素は必須である」とか「8ビットの画素一つの容量は1バイトで256色を表現出来る」とか「紫外光は波長が短く380nm以下で屈折率が高く、赤外光は波長が長く780nm以上で屈折率は低い」とか「文字の成り立ちの歴史は古い順番に 楷書体〜明朝体〜角ゴシック体〜丸ゴシック体である」とか「A全版の用紙にA5版の書籍を面付けすると片面16ページになり折りの回数は4回になる」とか「インキのドットゲインは印刷機のシリンダ間で発生する機械的ドットゲインと光の回り込みで発生する光学的ドットゲインがある」とか「グリッドシステムの原型はバウハウスの様式である」とか「ΔE値が同じであっても明るいグレーは人間の目でその僅かな差を認識出来るが暗いグレーはその差を認識出来ない」とか「リレーショナルデータベースでは表の行を組みといいレコードに相当し列のことを属性といいフィールドに相当する」とか「eマーケットプレイスでは cXML、行政機構へのオンライン申請では XFA、医療機関相互のデータ交換では MML、デジタルデータ放送では BML、新聞ヘ NewsML 印刷では JDFが開発されている」とか「グラフィックデザインの基本は全体のイメージをまず考える」とか‥‥

この様な意味不明の言葉が頭の中で渦巻いていては、いくら眠くてもぐっすり眠ることも出来ない。

という訳で今俺はもうストレス真っ盛りの状態なので‥‥
明日の休日の計画と目標はこれだ。

明日は海でこのストレスを発散し、そして体を疲れるだけ疲れさせてそのあと腹一杯酒を飲んでぐっすりと眠る。

これで何とか復活出来ればいいのだが‥‥



 2004年2月27日(金曜日)


どうも最近‥‥

俺は「カップ麺」を食べ過ぎているような気がする。

ここでいうカップ麺とは数百円もする高級カップ麺のことではない。
スーパーの安売りで100円以下、いや最近もっと安くなってきているので80円以下も決して珍しくない「普通のカップ麺」を指すのである。

そんな100円以下のカップ麺を俺は、今年に入ったくらいから週に5〜6個、多い時は10個以上は食べている。
それ以前は週に2個食べれば多い方だったが、最近ではその3倍以上の量を食べているのだ。

このカップ麺を食べるタイミングは、小腹が減った時に食べる間食などではなく、概ね昼食か夕食時に食べる。
夜食を食べたりすることがない俺は、三度の飯のうちの昼飯と晩飯でカップ麺を食べる。
カップ麺だけで食事を済ませることも多いのである。

しかも、食べ物がこれしかないので渋々食べているという訳ではない。
結構好きで食べている自分に少し驚いてしまっているくらいなのだ。

最近のカップ麺は、どう表現したらいいのか難しいのだが‥‥
確実に「進化」してきているのだ。

昔のカップ麺は別に美味しいと思ったことはなかったが、ここ数年のカップ麺の進化はめざましく、特に「麺」の美味しさが飛躍的に向上して美味しくなってきているため、以前ならラーメンを食いたければラーメン屋に出掛けていたのを年々出不精になっていく俺の行動も手伝って、自宅でカップ麺を食べて済ませることが多くなってしまい、そのせいでカップ麺を食べる回数が必然的に増えてきているのである。

こうなってくるともう、半ば「中毒気味」になってきて‥‥
数日間カップ麺を食べなかったら「夜は眠れず手は震え頭痛が激しくなり最後には発狂‥‥」というのは大袈裟すぎるが、そうでなくても無性にカップ麺が食べたくなってついつい手が伸びてしまう。

もう一つの中毒症状は、自宅にカップ麺の買い置きが無くなってしまったら不安になってきて、衝動的に近所のスーパーへカップ麺を調達しに出掛けてしまう。
これは酒やタバコと同じだ。
手元にストックがないと落ち着かないのである。

体のため健康のためという観点から見れば、これはどう見たってよくないということは解っているのだが‥‥
それでもカップ麺は止められない。

それにしても‥‥
この歳にもなってどうして今更「カップ麺中毒」などになってしまったのだろうか?

普通ならだんだん食べなくなってしまいそうな気がするのだが、逆に食べる量が増えてきているし今に至っては中毒状態。

これでまた、ますます自分が解らなくなってきたよ。

それともこれは無意識のうちに俺が取っている「自己防衛策」の一環なのだろうか。
自己防衛といってもいろいろあるが、この場合何を防衛しているのかといえばそれは‥‥

「金銭面」での自己防衛だ。
これは何とも寂しい自己防衛ではあるが。

ますます景気が悪くなってくる会社で働いている俺が、会社が潰れたり自ら止めたりして収入が一時ストップしてしまっても何とか食生活だけはこれまで通りの食生活を続けることが出来るように、俺は無意識のうちに今から食生活のレベルを下げようとしているのではないだろうか。

そうだとしたら‥‥
これは何かを暗示しているような気がするのだが。

これってなんだか「妙に嫌な予感」がするなぁ‥‥

いかんいかん。
またしてもマイナス思考の無限ループが始まりかけているよ。

今日のところは勉強も早めに切り上げて、カップ麺でも食って寝ることにしよう。



 2004年2月26日(木曜日)


ダメだ‥‥

今の俺は慣れない勉強のしすぎで「脳ミソが腐ってきている」ようで、この辺りで一息入れて休憩しなければならない時期にきたようだ。

昨日あたりから自分の頭が考えていることと、自分の体の動作とのシンクロが狂ってきて同期が取れなくなってきている。

つまりどういう事かといえばこれは‥‥
今の俺は、訳の分からない行動すなわち奇行が目立つのである。

さっきもそうだった。

今日も日に日に強くなってくる「勉強しなければ」という強迫観念に押されて勉強を始めようとテーブルの上に本とノートを広げ、シャープペンシルを手に取ったとき俺はあることに気付いた。

「さっきまでここにあった消しゴムが無い」

さっきまでテーブルの上にあったはずの消しゴムがどこにも見当たらないのである。

たかが「消しゴム」ひとつではあるが、さっきまであったものが急に消えてしまうと何かの悪い兆候のようで、これが気になって仕方がない。

それでテーブルの下やその周辺を探してみたのだが‥‥
どこにも見当たらないのである。

そうしているうちに「何が何でも消しゴムを見つけださなければ俺に明日はない」というような新たな芽生えた大袈裟な強迫観念に駆られてしまい、30分程部屋中を探し回ってみたのだが‥‥
やっぱり見つからない。

これでは消しゴムの行方が気になって、とても勉強どころではない。

すると俺の頭の中では「夢の中へ」が流れ始め‥‥

♪さがし物は何ですか〜見つけにくいものですか〜カバンの中も机の中も探したけれど見つからないのに まだまださがす気ですか〜‥‥夢の中へ行ってみたいと思いませんか?

思わず「夢の中へ」とトリップしそうになってしまった。
だが、ここで夢の中へトリップしてしまってはそれこそ「俺に明日はない」ので、ここは一つ踏みとどまって、諦めて勉強に戻ったのだが‥‥

やっぱり消しゴムの行方が気になってどうにも集中出来ない。
これではいくらやっても時間の無駄、俺はここで勉強を一時中断してシャワーを浴びに浴室に入ったその時。

やっと思い出した。
俺があの行方不明の消しゴムを、どうやって紛失させてしまったかを思い出したのだ。

思い出したうちに処理しないとまた忘れてしまうという、またしても新たなる強迫観念に駆られた俺は、急いで素っ裸のまま浴室から飛び出し‥‥
消えた消しゴムの元へと向かった。

そして無事回収に成功。
これで俺の部屋で起きた「謎の消しゴム紛失事件」は無事解決したのだが‥‥

この消しゴム、一体どこにあったのかといえばそれは「ゴミ箱の中」。

勉強を始める直前、俺は何かをゴミ箱の中に放り込んだ様な気がして‥‥
あの時俺は一体「何を放り込んだのだろうか?」と考えていて思い出した。

そう、俺がゴミ箱へと放り込んだもの、それが「消しゴム」だったのだ。
俺は勉強を始める直前、無意識のうちにどういう訳か消しゴムをゴミ箱へと捨ててしまっていたのである。

何故だ?
何故俺は消しゴムをゴミ箱へと放り込んだりしたのだ?

う〜む、今度はこれが気になって集中出来ないなぁ‥‥



 2004年2月25日(水曜日)


眠い。
眠さのあまり一日中頭痛までしている。

先週からやっている「 DTP エキスパート受験」の勉強を、いつもなら眠っている時間を削ってやっているため、その分睡眠時間が足りていないようだ。

もともと俺は「1日8時間睡眠」が理想の睡眠時間のようで‥‥
8時間とは子供の睡眠時間のようだが、これくらい眠らないとどうにも調子が悪い。

若い頃は2〜3日程度ならほとんど寝なくても何ともなかったのだが、歳を取るにつれてだんだん睡眠時間が長くなってきて、今では「出来れば8時間は睡眠を取りたい体」になってしまった。

このまま行けばどんどん睡眠時間が長くなってきて、最後は永久に眠ることになってしまいそうだがそれはまだまだ先の話だろう。
まあどのみち、人間として生きている以上はいずれ「永遠に眠らなければならない時」は来るのだからその点に関してはあまり気にはしていないのだが。

ただ、睡眠時間が長くなってしまうと‥‥

寝ている時間が非常に勿体なく感じてしまう。

かといって、無理して睡眠時間を削ったところで起きていても寝ているようなものなので、結局は時間を無駄に過ごしてしまうことになるためそれだったら寝てしまった方がマシなので‥‥
これなら起きているよりも睡眠を選択したほうが賢明と判断し、結果俺は無理して起きているよりも寝てしまう方を選択してしまうのである。

こんな調子だから、仕事が忙しくて帰宅が遅くなった時などはもの凄く単調でシンプルな生活体系になってしまい‥‥

「起床 → 出社 → 午前中の仕事 → 昼寝 → 午後の仕事 → 残業 → 帰宅 → 酒 → 就寝」といった、子供の頃に書かされた夏休みのスケジュール表のような生活の繰り返しになってしまうのである。
これでは何の楽しみもないではないか。

例えばこの中に「友人と食事」とか「ギターの練習」とか「英会話教室」といったような現代人らしいスケジュールが入っていればいいのだが、残念ながら俺の場合はこういった事をこなしている時間は皆無で、たとえあったところで「日記の更新」とか「筋トレ」くらいのものである。

自分で言うのも何なのだが俺の毎日の生活って「何の面白みもない生活」なんだなとしみじみ感じてしまう。

こうなってしまった原因はどれもこれも‥‥
俺の「無駄に長い睡眠時間を欲する体」が悪いのだ。

しかも先週からはこれに「勉強」が入ってしまったので、俺のこの我が儘な体は思ったように睡眠を与えて貰えないために「反乱」を起こし始めていて、どうにも調子が悪い。

まあこの「毎日勉強」という生活からも来月の14日を過ぎれば解放されるのだが‥‥
俺の体はあと2週間あまりの日数を耐え抜くことが出来るのだろうか?

自分では何となく無理っぽい様な気がしてきたのだが‥‥



 2004年2月24日(火曜日)


不正軽油もしくは密造軽油。

何とも怪しげな呼び方の「ディーゼル機関用燃料」を生産して者がいて、その不正燃料が実際の軽油の値段よりも安い価格をつけて九州各地で売りさばかれていたという事件を新聞で読んだのだが‥‥

俺も古いランクルという今となっては悪名高き「ディーゼル車」にのっているが、俺だったらいくら安いからといっても使わないなこんな燃料。

なにしろこの密造燃料、リッターあたり「32.1円」も課税される軽油税を免れるために、無課税の灯油や重油を使用し、その灯油や重油に添加物を混ぜて軽油と同程度の燃焼効率になるよう添加剤を混ぜて作った燃料で‥‥

灯油原料の物ならまだしも重油原料のものだったら、この燃料を燃やした際に「硫酸ピッチ」と呼ばれる大気汚染物質が排出される。
これでは、ただでさえ「環境に悪い」と肩身の狭い思いをしているディーゼル機関がますます社会の片隅へと追いやられてしまう原因となってしまう。

それに、通常ガソリンスタンドで売られている軽油には「セタン価」を上げるための添加剤が入っているため、このおかげで軽油の着火点を上げてディーゼル機関の以上燃焼で起きる「ノッキング」を防止しているである。

ちなみに通常のディーゼル燃料のセタン価は「53〜55程度」で、最低でも45は必要といわれている。
最近よく見かける「プレミアム軽油」と呼ばれる軽油だと、上記の基準以上にセタン価を上げディーゼル機関の燃焼効率を向上させているのである。

それ以外にも通常販売されている軽油にはエンジンの焼き付きを防止するための「潤滑剤」なども配合されていて、これによってエンジンを保護しディーゼル機関の脅威の耐久性を後押ししているのだ。

これがどこの馬の骨とも分らないような「密造燃料」なんか使っていた日には‥‥
セタン価の保証もされていいないだろうし、潤滑剤などもロクな物は入っていないだろうからエンジンのために悪いことこの上ない。

これではきちんと使えば非常に長持ちするディーゼル機関も、安いからといって「質の悪い」燃料を入れたせいで‥‥
あっという間に壊れてしまうかもしれないのだ。

といいながらも。

もしかしたらこの密造軽油が市中のガソリンスタンドに卸されていたとしたら‥‥
知らない間にこの密造軽油を自分の愛車に入れられてしまっているかもしれないのだ。

そして今の世の中では「輸入牛肉」を国産と偽って売ったりするといった不正表示のような事がまかり通っているため、この可能性も全くゼロとは言い切れないのである。

これを読んでいる「ディーゼル車ユーザー」の中で、燃料を入れた途端に車の調子が悪くなった経験がある方は‥‥
不正軽油を入れられた可能性を疑った方がいいかもしれない。
そしてそのガソリンスタンドでは二度と給油しないことをお薦めする。
それこそが愛車のためでもあるし、地球環境のためでもあるからだ。

それにしても全く‥‥
油に関する話だからというわけではないが、油断も隙もない世の中だ。

まあでも。
軽油税がリッターあたり「32.1円」も課税されているというのも‥‥
この密造軽油が出回る原因の一つでもあるのだろう。

で、俺は思うのだが‥‥
日本での「揮発油税」や「軽油税」は高すぎるよ。
だってあれ、燃料代の半分は税金じゃないか。
あれって、もうちょっと何とかならないものだろうか?

それ以外にもいろんなところで増税が検討されている「税金大国ニッポン」よ。
この国はこれからどのような経済政策を考えているのだ?

このままで俺達貧乏人は確実に‥‥重課税に耐えきれずに死ぬな。



 2004年2月23日(月曜日)


新しい記憶を脳へ詰め込む事による古い記憶の喪失。

脳の記憶領域にはどうやら限界があるようで‥‥
今の俺はこの記憶の喪失現象が発生しているようなのだ。

今の俺はここで何度も書いているように「 DTP エキスパート」を取得するため先週から慣れない勉強に取り組んでいる。

勉強といえば聞こえが悪いが、これは言い換えるなら「新しい知識の吸収」ともいえる作業。
形はどうあれこれまで自分が知らなかった新たな知識を身につけることは楽しい。
楽しいので俺の脳はどんどん知識を吸収していく。

ところが。

新しい知識を脳へ急激に詰め込んでいるためその反動として‥‥
これまで覚えていたことを忘れ始めているのではないかと感じることが時々あるのである。
この勉強を始めてからそれ程日にちは経っていないにも関わらず、どうも「もの忘れ」が激しくなってきているような気がするのだ。

特に、脳の中で断片化を起こしている「古い記憶」を呼び起こそうとする時この傾向は顕著に見られ‥‥
全く思い出せなくなってしまっているか完全に忘れているのである。

これはどうやら、俺の脳の記憶容量の限界に起因する問題のような気がしてきた。

人間の脳もパソコンのメモリや HDD のように「記憶容量の限界」というものがあって、新たな記憶を蓄積するには古くなった長い間使われていない記憶を消去しているのではないだろうか?
その中でも断片化してしまった「どうでもいいような記憶」から先に一片一片が消えてゆき‥‥
最後には「読み出し不可能」な状態になってしまうようである。

それに加えて、もう一つ消えてゆく記憶がある。

それは‥‥
自分にとって不利益ともいえる「忘れてしまいたい都合の悪いこと」だ。

これは逆手に取れば便利な機能ともいえ、これまで頭を抱えていた問題もキレイさっぱりと忘れてしまっているのだ。

但し、問題自体は消えてはいないため‥‥
何の解決にもなってはいないのだけれど。

まあでも、これで気が休まるのならひとまずはオーライということで。

あっ、それから‥‥俺の周りの皆さんへ。

もし俺が何かしらの用件を忘れてしまっていたとしてもそれは‥‥
この「脳の記憶容量」に起因する問題であり、現在新しい知識を吸収しなければ明日はない身の俺にしてみれば「どうにもならないこと」であるため、その点に関してましてはあまりツッ込まないようにお願い致します。



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 2004年2月22日(日曜日)


どうして給料日前に連休なんだ?

今現在の俺は、給料日前には恒例となってしまっている「金欠」で‥‥
給料日前の数日間は毎月の事ながら有り金が底を打ってしまい、我慢の数日間となってしまうのだが、今がまさにこの状態。

今日もこの悪天候の中海へ行こうと思ったのだが、悲しいかな車の燃料計は「 EMPTY 」を指していて‥‥
この状態では「往きは行けるが復りは止まる」危険性が高かったので今日の海行きは取り止めた。
これで天気がよければ「クレジットカード」をいう禁断の切り札を使って燃料を入手するという手段もあったのだが、今日のような荒れ模様の天候では「行くだけ無駄」な様な気がしたので、せっかくの休日だったのだがたまには自宅もしくは歩いていける範囲をぶらぶらして過ごすことにした。

といっても、俺の自宅の近くでは行く先は大体決まっていて‥‥
歩いて10分圏内にある大型スーパー「ダイ A 」か郊外型家電量販店「山田電気店」くらいのものである。

で、今日はその中の家電量販店の方へ行ってみたのだが‥‥

この家電量販店、家電やデジタル機器好きの俺から見れば魅力的な商品が数々陳列されていて、見て回るだけでも相当楽しい。
それに加えて最近は家電量販店のくせに「エアガン」や「プラモデル」や「ミニカー」といった「オトナゴコロをくすぐるおもちゃ」が大量に置いているコーナーまで出来ていて、俺から見れば以前に増してワンダーランド化が進んでいる。

但し、このワンダーランドでただ一つ注意しなくてはいけないことがある。

それは‥‥
衝動買い。

魅力的な商品についついい惹かれてしまい、禁断の切り札クレジットカードを使って高価な家電品やパソコン関連機器、もしくは有り金をはたいて「オトナゴコロをくすぐるおもちゃ」を購入してしまう危険性が潜んでいるのである。

これはただでさえ「衝動買い」をしてしまいがちなというか、衝動買いがほとんど「悪癖」と化してしまっている俺にしてみれば最も気を付けなければならないことの一つなのである。

それを解っていながらも‥‥
またしてもやってしまった。

今回は俺の愛車である「ランドクルーザー 40」のミニチュアモデル、つまりミニカーを発見してしまったためついつい‥‥衝動的に購入してしまった。

この時の俺はこのミニカーが俺を「呼んでいた」のだと確信した。
滅多に見かけることがない限定品の貴重なミニカーがこんなに近くにあったなんて‥‥
これは「即買い」しておかねば二度と手に入らないかもしれない。
そう思って俺は惜しげもなく3000円近くするミニカーを購入してしまった。

価格は3000円弱とそれほど高価ではないのだが、なにしろ今は給料日前で車の燃料代すらない時期。
そんな時期だから、この時支払った千円札三枚はほぼ俺の全財産でもあったため‥‥

おかげで俺の財布の中身は「323円」という子供の小遣い銭よりも少ないのではないかという悲惨な状態になってしまっている。

今にして思うのだが、給料日までミニカーの購入は待てなかったのだろうか?
自己分析すれば俺の性格ではたぶん‥‥
待てなかっただろう。

それにしても、残り323円じゃなぁ‥‥あとタバコを一箱買えば残り23円か。

今日から禁煙しようかな、マジで。

というよりもこんな事なら‥‥
家でおとなしく受験勉強でもやってればよかったよ。



 2004年2月21日(土曜日)


まだまだ春というには早過ぎる2月の下旬であるにも関わらず‥‥
何だこの暑さは?

こんな暖かい陽気の日はやっぱり‥‥海である。
まあ俺の場合は暑かろうが寒かろうが、週末は欠かさず海に出掛けているのだけれど。

しかし。

今現在俺は試験勉強中であるため‥‥
3月14日の試験日までは「海行き禁止」にして自宅で学習に勤しもうと思っていたのだが、やっぱり無理。

こんな季節外れの暖かい日にみすみす海へ出掛けるのを止めるなんてことは、目の前に置いてあるご馳走に一切箸をつけずゴミ箱へと捨ててしまうのと同じで‥‥
そんなもったいないことが出来るわけないではないではないか。

それに、俺が今回受験する「 DTP エキスパート認定試験」は2時間ハーフの合計4時間という長丁場で、出題される問題数はおおよそ「800 問」という、生半可なコンディションでは耐えきれないような極悪な試験である。

これを一発合格でクリアするためには、学習による知識の吸収も必要だけれどそれだけでは難しい。
この難問奇問の数々と4時間という長丁場に「精神的・体力的」に打ち克つためには健全な精神と肉体は不可欠だ。

従って、勉強をして知識を蓄積する以外にメンタリティとフィジカリティのコンディションを最適化させることも合格のためには重要な要素である。

だからこんな暖かく気持ちがいい日に自宅にこもって勉強などをして「精神的に腐る」のは、メンタル面をいい状態で維持するためには何としても避けたいものだ。
それに加えてフィジカリティを高めるためには‥‥運動が一番。
海でのスキムボードで、自分の体力の限界まで走って波に乗って運動すれば過酷な試験に耐えうる体力も身につけることが出来るという、まさに「一石二鳥」の効果がある。

これこそが「初挑戦での合格率 10 % 程度」の難関を突破するための俺にとっての最終兵器といってもいいくらいの秘訣なのである。

というわけで今日はというか今日も、俺は朝6時起きでいつもの海岸へと出掛けて毎度の如く体力の限界で走ることすら出来なくなるまでスキムボードを楽しんできたのである。

でも、さすがに体力の限界までスキムボードを楽しんでしまうと‥‥

帰宅して勉強をしていても、猛烈な睡魔が俺を波状攻撃で襲撃しやがって眠気と闘いながらの学習は全く役に立っていないような気がするのだが。

こんな日はもう、勉強はやめてぐっすりと眠ることにしよう。
そして体力を回復して明日頑張ろう。

って‥‥
こんな事ばっかりやってて、俺は本当に大丈夫なのだろうか?


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